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タイトル: 他人を「理解」すること : レヴィナスの理性論序説
その他のタイトル: Understanding' of the Other Person: An Introduction to Levians' eory of Reason
著者: 小手川, 正二郎
コテガワ, ショウジロウ
Kotegawa, Shojiro
誌名: 人文
号: 12
開始ページ: 25
終了ページ: 39
抄録:  「他人を理解する」とは、どのようなことか。自分の理解の枠組みに他人を切り縮めることなく、いかにして他人を理解することができるのか。フランスの哲学者レヴィナスが答えようとしたのは、このような問いであったと思われる。本論文は、レヴィナスの特異な理性概念に着目して、レヴィナスが主著『全体性と無限』(1961 年)で「他人を理解すること」をどのような事態として捉えるに至ったかを考察・吟味することを目的とする。  まずレヴィナスの理性概念が孕む問題点を瞥見した後で、「理性」が一貫して他人との関係の担い手とみなされる理由を、『全体性と無限』に先行するテクストに遡って究明する。次に『全体性と無限』の読解を通じて、〈他人によって自我の理解が問い直されることから出発して他人を理解する可能性〉について考察する。最終的には、レヴィナスの理性論が、しばしばレヴィナスに帰される〈他者〉(l’Autre)論ではなく、〈他人〉(Autrui)論を基盤に据えていることを明らかにすることを試みる。 What does ‘an understanding of others’ consist of? How can we understand others without reducing them to those that we do understand? is is the question that Emmanuel Levinas, a French philosopher, struggled to answer throughout his life. Focusing on his unusual notion of ‘reason’ in Totality and Infinity (1961), I try to clarify Levinas’ thinking of ‘an understanding of others’. To start with, having taken a look at some implications of his notion of ‘reason’, I examine why Levinas holds that ‘reason’ is the bearer of a relationship to others. Secondly, analyzing Totality and Infinity, I consider the possibility of understanding the other person without reducing them to those as we understand them. Finally, I try to demonstrate that Levinas’ theory of reason is based on his theory of the other person (Autrui), but not that of the Other (l’Autre) which has been until nowattributed to him.
発行日: 2014-3
ISSN: 18817920
URI: http://hdl.handle.net/10959/3435
出現コレクション:人文 1-12+(2002-2014)

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